「超一流の言い訳」

何を言っても嫌われない人が使っている「超一流の言い訳」

大极勝 著
秀和システム 刊

 

 

コミュニケーションの上手になる本です。

 

 

著者の大极さんは
私から言わせれば、コミュニケーションの達人です。

 

前作
「言葉の選択」でも
ひとつの問い、あるいはシーンの回答を2つあげ
その結果に雲泥の差があることを語っています。

 

 

言われてみれば、至極もっともなものの
「わあ、自分、下手打つ方を言ってるわ~!」
という人も多いだろうなと普段の周囲の会話を
聞いていても思います。

 

「本当に、受け答えひとつで
人の関係は全く変わるもんだなあ」と感心しました。

 

 

今回も
「言い訳」ということで

一見、人が嫌いそうな言葉ですが、

 

いえいえ、「言い訳」は立派なコミュニケーション。

 

起こってしまった事態は、過ぎたこと

そこから、どう問題を修復し
むしろ、良い状態にするか

ということに着眼すると

 

「災い転じて福となす」方式の
この本の「超一流の言い訳」は

起こしてしまった本人みずからが
主体的に問題解決にあたることで

 

「言い訳」しないことは

多分に相手に依存していることだ

ということがわかります。

 

 

そう、この本の、真髄はそこで、

 

ぐずぐず、ねちねち、
責任逃れをするということでは
決してないのです。

 

 

と、なんだかわかった風に私も
語っていますが

 

ということが、わかったのは

読んでからで

 

私は、この本にであったとたん

「私の本だ!」と
ふるさとに帰ったように
勝手に思っていました。

 

 

それは、なぜか。

あまり、言うと人から敬遠されるので

言わないようにしていますが。

~~
私はわがままです。

(そんなの知ってるよーって言われたら
身も蓋もありませんが)

幼い子どもの多くがそうなのかもしれませんが
私も

何か悪いことがおこったとしても

「自分が悪い」と思ったことはありませんでしたし

 

社会性がでてくる年頃から
今まで

 

~例えば、
相手に迷惑をかけている場合は
当然
深い反省とお詫びの気持ちは存在するのですが~

 

この事態が、どうして起きたか

というような原因究明の観点だったり
俯瞰的に自体をみたりする際は

「自分が悪い」という感覚が薄く

 

 

どこか、根本で
「だって、これは、雨が降ったからでもん!」

とか

 

 

「だって、先方の気が変わったからしょうがないじゃん!」

とか、言い訳大王のような自分がいると

うすうす感じていたんだと思います。

 

 

なので

この本が現れたので

「私の本」と思ったわけですが、

 

もちろん、この本は

私のような人間を肯定するものではありません

 

しかしながら

私のような人間を語った本ではありませんでしたが

 

結果、私は
「言い訳大王」である自分に気づき

 

著者が言う
「良い訳」を言えると面白そう!

という目標ができて

 

大進化です。

 

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